2025年まで勤めた会社は、在籍6年。
それまでもずっと正社員として走り続けてきました。
前々職では産休・育休を経て、時短勤務も経験。でも、往復2時間以上の通勤がネックになり、家から15分の近場の会社へ転職しました。
そこでの仕事は、やりがいに満ちていました。
入社数年でリーダーを任され、メンバー教育、他部署との調整、顧客対応……。
私、もともと仕事にのめり込むタイプなんです(笑)。
必要とされることが、何よりの喜びでした。20年以上「正社員」が当たり前で、働かないという選択肢なんて、当時の私には1ミリもありませんでした。
でも、その代償は「家族との時間」でした。
繁忙期や急な対応が入ったときは、学童のお迎えが閉所ギリギリの19時。
そこから猛スピードで夕飯を作り、お風呂に入れ、寝かしつける。
子どもとのコミュニケーションは、家事の合間のわずかな時間だけ。
お盆や年末年始も、夫に子どもを預けて出勤。
出張が決まれば「熱を出すな、出すな……」と祈る日々。
子どもが熱を出したとき、一番に浮かぶのは「大丈夫?」ではなく、「仕事どうしよう、誰に謝ってどう引き継げばいい?」という不安。
コロナ禍でさえ、穴を開けるのが怖くて、自宅でパソコンを叩いていました。
常に仕事に占領されていた私の心は、次第に余裕を失っていきました。
学校からお迎えの電話が鳴るたび、ため息をつき、子どもに対して理不尽な怒りを覚えてしまう。
今思い出しても、本当に最低だったと思います。
完全にワーカーホリックでしたね。笑
「今のままでいいのかな。少しだけ、ペースを落としたい」
会社に「パート勤務」への変更を相談したこともあります。
けれど、返答は「NO」。
リーダーを失いたくない会社の事情もわかります。でも、私の心はもう限界でした。
「おかえり」って、家で子どもを迎えてあげたい。
子どもと一緒に図書館に行きたい。
熱を出したときは、仕事の心配をせず、そばにいてあげたい。
そんな平凡な願いが、私にはどうしても叶えられない高望みに思えました。
上の子が「ピアノを習いたい」と言ったときも、送迎ができないからと、ずっと諦めさせてきました。
転機は、2024年の暮れ。
当時、上の子は小3、下の子は年長さん。
仲の良い友人が、夫婦で会社を辞めて海外へ行くと聞いたのです。
「なんてチャレンジャーなんだ!」と驚く私に、彼女は退職の挨拶でこう言いました。
「後悔のない人生を送りたい」
……グサッ。
心に、深く深く刺さりました。
「私、このままでいいの?」
「なんのために働いてる? お金? 不安を消すため?」
気づけば、体は正直でした。
仕事のストレスで、毎朝トイレに何度も駆け込む日々。休みの日にはケロッとしているのに、出勤前だけお腹を壊す。
「そこまでして、私は何を守りたかったんだろう?」
誰のためでもない。
「私」が後悔しないために、子どもとの時間を今、選びたい。
「仕事、辞める。」
ずっと霧がかかっていた心が、ストンと晴れた瞬間でした。
次回は、退職を決めたときの我が家の家計状況についてまとめます。



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